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INTERVIEW.07

沖倉駿之介さん Shinnosuke Okikura

​#コーヒー #ワイン #カフェ #起業 

 駒ヶ根市の広小路商店街から小道へ少し入ったところ、この道を通るほとんどの人が向かいのビジネスホテルの宿泊客か、近隣の住人しかいそうにない静かな通り。この通り沿いの雑居ビルの1階に構えるカフェ「Sink」は沖倉駿之介さんが2021年の春にオープンした店。入り口のドアを開けて店内に足を踏み入れるとコーヒーの香ばしい香りに包まれる。店内には淡いモスグリーン色のカウンターテーブルが5、6席、奥にはテーブル席が2つ。夜になると照明に照らされた剥き出しのコンクリートの陰影が濃くなり、昼間とは違った顔を見せる。

 

 沖倉さんがコーヒーに出会ったのは中学生の頃、もともと手を動かしてものをつくるのが好きで、中学時代からフィルムカメラで写真を撮ったり、幼い頃は市民劇団に所属してミュージカルなども演じてきた。コツコツと練習を積み重ねて、小さな変化を自分の成長として獲得してゆくタイプだった。

 

 千葉県の船橋市出身の沖倉さん。高校を卒業後、飲食店のバイトをしながら生計を立てていたときに家族で長野へ移住する話が持ち上がる。小学5年生のときから夏休みになると長野県大町市にある自然学校に通っていたこともあり、鹿の解体をしたり、自然と親しむ生活をしていて長野にはよい思い出があった。選べる仕事の選択肢の多さを考えると1人都会に残るという選択肢もなかったわけではないが家族と一緒に移住することを決めた。移住先が駒ヶ根市になったのは知人の紹介で訪れた伊那谷を家族で回っているうちに、山との距離の近さや景観のよさ、駒ヶ根の町のコンパクトなサイズ感に居心地のよさを感じたから。

 

 移住後の1年間はどこでどういう仕事をするか模索していたが、沖倉さんのパートナーの紹介で割烹居酒屋かっぱ厨亭で働くことになる。コーヒーとは全く飲食店であったが、もともと料理は好きだったこともあり、なによりこれまでほぼ独学でやってきた料理を基礎から学べる機会に心が躍った。

 「和食をつくる際にちゃんと出汁からつくるとか、お米をきれいに研いでおくとか、基礎をしっかりやることの大切さ」を学んだ。かっぱ厨亭の大将につきっきりで、料理に没頭する濃密な時間を過ごした。

 2年間みっちり和食の基礎を学んだ後、フルーツタルトの店Kuusに転職。いずれカフェをやるときにデザートも提供できたらいいだろうという考えがあった。南信州の旬の食材を使ってフルーツタルトをつくるKuusで仕事を始めると「食材の変化で季節の移り変わりを感じるようになった」という。季節の移り変わりを感じながら料理をするのは、それまで学んできた和食にも共通することだった。2つの店で過ごした6年間で沖倉さんは、料理の基本を地道に実践することの大切さや、食材から季節を感じながら料理に向き合う姿勢を学んだ。

 

 Kuusで働いて3年が経った頃、次のステップへの挑戦を考えていた沖倉さんは、前々から抱き続けていたカフェで働くことを考えはじめる。かっぱ厨亭の大将の「3年経ったら変化しないとダメだ(環境を変えてゆくべきだ)」という言葉が後押しした。「これまで和食の店で働き、洋菓子屋で働き、ゆくゆくはカフェをやりたいと思っているなら、3ヶ所目こそはカフェで働かないとダメだ」という思いもあった。しかし、その当時、駒ヶ根には沖倉さんが求めるスタイルでコーヒーを提供しているお店がなかった。関東に戻ってカフェで働くことも考えた。

 転職活動を考える中で、これまでを振り返ったとき、駒ヶ根での生活の居心地の良さや知り合いも増えてきたことが実感としてあった。誰かのためではなく、顔の見える人たちのためにコーヒーを淹れてゆきたい。このタイミングでカフェをはじめてもいいかもしれないなぁ…そう思うと気持ちが明るくなった。

 そして、2020年のはじめ、沖倉さんは独立へ向けて準備を始めた。コロナ禍で起業することについての不安はあった。しかし「世の中が(コロナ禍で)ペースダウンしているときに店をはじめて、世の中が回復して来るのとお店が力をつけてくる2年目、3年目とのタイミングがあえば、よりできることの幅が広がるのではないか」という算段もあった。「楽観的な希望的観測かもしれないけど(笑)」とその当時のことを沖倉さんは振り返る。

 2020年の夏、今の物件が見つかり、そこから工事が始まり、2021年の春、店をオープンした。店の内装は駒ヶ根に拠点を構えるデザイン会社FIELD WORKにお願いした。働いていたKuusの店の空間デザインを担当したのがFIELD WORKで、そのご縁もあって実現した。

 

 店をはじめて2年が経つ。「数字的な売上の面をクリアすることと日々の料理のクオリティを上げて、いいものを出したいということの両立が難しかった」と沖倉さんは語る。性格上、職人的にひとつのことを突き詰めてゆくことが向いていた沖倉さんではあったが、自分の信じる道を深く極めてゆくことが、必ずしもお店に来てくれる人たちにとっての価値につながるとは限らないことを知る。「お客さんは、おいしいコーヒーだけを求めているのではなく、Sinkでよい時間を過ごしたいと思ってきている。」この気づきは沖倉さんのこれまでの仕事の突き詰め方に変化をもたらす。「カフェなので、みなさん日常的にくる場所なので、職人気質なものをバーンと出すよりも、ちょうどいい塩梅を探しています。駒ヶ根にSinkがあってちょうどいいと思ってもらえるところで、自分のベストを出してゆく感覚ができてきたかなって思います。自分自身がちょうどいいと思っている範囲とお客さんが思っているちょうどいい範囲の重なっている部分の中でよりよい価値を生み出してゆくイメージです。それはコーヒーの淹れ方、出し方、空間の雰囲気、会話、全てにおいてちょうどいい」をチューニングをしてゆく。沖倉さんは3年目の課題をそこに見据えている。

 

 これからの展望を聞かれて沖倉さんは「今後は店としての間口は広く、でも入った後は奥行きもある店をやりたい」と語る。一部のコアなファンにしかわからない店ではなく、誰にでも開かれたわかりやすいカフェという間口の広さを大切にしつつ、その中で興味持ってくれた人には珈琲だけでなく、ワインも料理に関してもより深い味を提供できる店。オープンして丸2年、今年の春からは3年目がはじまる。

 「店をはじめて気づいたのは、お客さんとの会話が楽しいってことですね。一杯の珈琲やワインを飲む間にいろんな話が聞ける。今はそういう時間が自分にとってはお金に換えることのできない価値です。人ってリラックスして誰かと語らえる場所が自宅のリビングとか、お気に入りの場所とか、あると思うんですけど、Sinkも誰かにとってのもうひとつのリビングルームみたいな存在になれたら嬉しいです。」

沖倉駿之介 Shinnosuke Okikura

 

2014年に駒ヶ根に移住。2021年春にコーヒーやワインを提供しながら、南信州の食材を使った料理も振る舞うCafe & Bar Sinkをオープン。

お店の営業はinstagramにてご確認ください。

 

@_sink._

 

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