INTERVIEW.01
片桐泰斗さん Taito Katagiri
#山登り #ロングトレイル #WEBマーケティング
2月の初め、山頂にはまだ雪が残る時期、駒ヶ根市の天竜川東、東伊那に位置する標高約1,300mの高烏谷山(タカズヤサン)へ。このレポートはその道中で片桐さんから伺った話をまとめています。山登りやロングトレイルに魅せられた片桐さんが今に至るまでの考え方、ライフスタイル、そしてこれからの展望を伺いました。
片桐さんは生まれも育ちも駒ヶ根市。2,000mから3,000m級の山々からなる中央アルプスと南アルプスに囲まれた自然の中で10代後半まで過ごし、大学進学と同時に石川県へ移り住む。
大学入学後は青春18きっぷを使って旅をしたり、自転車を使って体力の続く限り行けるところまで行くというスタイルで全国津々浦々、旅を続けていた。その頃に読んだ旅行作家・シェルパ斉藤さんの雑誌記事に影響を受け、自然への関心の高まり、そしてその自然に自分の身ひとつで向き合うスタイルに興味を持ち、旅への想いを強くする。もともと地域の野球チームで野球をしていて、身体を動かすことが好きだったこともあって自然の中で身体を動かすことに没頭してゆく。
「金沢にある医王山という山があるんですけど、900メートルくらいの山で、よく大学終わりとかに登ってましたね。1人で歩いていると考えが深まるというか、そういう時間が好きです。」
学生時代には国内外で気になるところを見つけると旅に出て、戻ってくるとバイト、そしてまたお金が貯まると旅に出てを繰り返していた片桐さん。なかでも23歳の頃に、アメリカのヨセミテバレーにあるハイキングコース「ジョン・ミューア・トレイル」の約350kmを3週間かけて1人で歩いた経験は、その後の片桐さんの大きな自信であり指針となっている。
「3,000m級クラスの山脈をずっと歩いてゆくんですけど、自然のスケール感が全然違う。そこを自分の衣食住の全部を背負って、身体ひとつで、全部自分の責任でやりきるっていう」
異国での挑戦をするにあたって、事前に情報を調べるとか、誰かに話を聞くとか、どういった準備をするのかと質問すると「まずは自分で行ってみて、経験してから、それをもとに改善してゆく、必要な物を揃えてゆく。それでいいんじゃないかと思ってます。」と、かろやかに答える。
ただ、この挑戦のときにはさすがに大変だったようで「約20日間の食料を全部リュックに入れて持ってゆくのは大変なので、事前に食料をポイントポイントに送っておくことができて、そこで補充してゆくんですね。で、英語のスキルがそこまでなかったというのもあるんだけど、よくわからなかったので自分は全部持っていけばいいやって思って(笑)。ベアキャニスターっていう食料を入れる容器を2つ持って、だいたいふつうは1つなんですけど、で、大荷物で行くので『お前クレイジーだな』て現地の人に言われて、確かにスタート1時間くらいで心が折れそうになりました(笑)こっから350km歩くのかって…」
しかし、そうやって自力の身を頼りに歩き通した経験から「海外で1人で荷物背負って、これぐらいの距離が歩けるんだっていう自信」につながったという。
国内外のさまざまな場所を旅して自然を見てきた片桐さんは2020年、故郷の駒ヶ根に戻ってくる。当初は「日本中を旅しながら訪れた先々で仕事をしながら旅を続ける生活もいいかな」と思っていたが、そのうちコロナウイルスが広まり、計画は頓挫。ただ、駒ヶ根に戻ってきてしばらく生活していると改めて駒ヶ根の豊かな自然を実感することがあり、ここをベースキャンプとして、コロナが落ち着いたら、またいろんなところへ旅へゆく、そんなイメージが湧いてきた。
片桐さんは現在、電子機器を扱う会社のWEBマーケティングの仕事をしている。最初は正社員として9時ー5時で働いていた時期もあったが、一日中ずっとパソコンの前に座って仕事をすることは自分には合わないと気づいた。それでもしばらくの間は仕事を覚えるため定時の仕事を続け、だんだんと仕事を覚えてきた頃、パソコンがあって、ネット環境が整っていればどこでも作業はできるという業務内容もあって、会社に雇用形態を調整してもらい、今は週に数日会社へ赴き打ち合わせなどをこなしながら、残りの日は自宅やカフェなどを仕事場にしてフリーランスに近い働き方をしている。そして出勤前や仕事の合間に山に登ったり、日々トレーニングを行うライフスタイルを実践している。
昨今、働き方の多様性がさまざまなメディアなどでも取り上げられる中、それでも田舎ではまだまだ“ちゃんと”で働いて一人前という考え方も根強い。「海外行ってわかったのは、アメリカとかだとやっぱりいろんな人種がいるし、いろんな考え方の人間がいるから、コミュニケーションの出発点に他人と自分は違うってのがあって、その違うもの同士が理解してゆこうという姿勢があって、そこは(日本とは)大きく違いますよね。」他人との違いが、ネガティブなものではなく、その人らしさと結びついたとき、今よりも生き生きと暮らせる人が増える社会になるのかもしれない。
「朝から2時間山登って、その後温泉入って汗流してから、頭クリアにして仕事するってスタイルもいいと思うんですよね」
「知的好奇心は強い方だと思います」そう自分のことを説明する片桐さんの今後の活動を聞くと「ジョン・ミューア・トレイルって、ジョン・ミューアって人の名前からついたトレイルなんですけど、国立公園の父って言われてる人なんですけど、その人が言っているのは、実際にそこに触れてみる、感じてみる、そこから自然保護の気持ちも生まれてくるって言ってて。星野道夫も言ってたけど、自分のいる場所だけでなくて、違う土地に川が流れている、熊がいる、人が生活しているという感覚を得られると、他人への想像力が働いたり、違う選択肢を受け入れられる。そういうのを体感して想いを巡らせることのできる自然環境が駒ヶ根にはあると思うんです。」
今後、片桐さんは駒ヶ根のこの自然環境を活かしながら、様々なジャンルの人々が集い、交流できる場をつくり出すことを考えている。その先にあるのは異なる考え方や価値観の人々が互いの違いを認め合いながら共生できる社会。
「やっぱり山に登ってくると話す内容も変わってくると思うんですよね。考える内容も変わってくる。ここだからこそ響く言葉もある。」
高烏谷山の山頂はときおり強い風が吹いていた。冷たい風に頬を打たれながら、来春、片桐さんが(パーミッションがとれれば)縦走すると言っていたカナダからメキシコまでの約4,200kmの道のりを想像した。そして、約半年間、その道のりを1人で歩く片桐さんの姿を想った。帰国後、どんな景色を見てきたのか、片桐さんの口からどんな言葉が紡がれるのか。また一緒に山に登りながら聞いてみたいと思った。
片桐泰斗さん Taito Katagiri
電子機器の会社に勤めながら、休日に登山やロングトレイルを楽しみ、仕事のある日でも天気と時間が許せば出勤前に野山でトレーニングに勤しむ。
学生時代に訪れたジョン・ミューア・トレイルの自然環境やそれを生み出した理念や哲学に感銘を受ける。来春にはパーミッションが取れればアメリカ縦断(カナダ〜メキシコ)の計画もあり。