INTERVIEW.08
矢満田務さん Tsutomu Yamanta
#山岳観光 #地域おこし協力隊 #駒ヶ根観光案内
3000m級の山々に囲まれた雄大な自然が織りなす駒ヶ根市。標高差日本一のロープウェイで登った先に広がる中央アルプスの景色は日本とは思えない別世界で、老若男女問わず駒ヶ根を訪れる人々を魅了している。そんな山岳観光の町で駒ヶ根市地域おこし協力隊として活動する矢満田さんにお話を伺いました。
移住前は東京でエンジニアをしていた矢満田さん。主に設計業務を中心にデスクワークの日々を送っていた。
休日には元々身体を動かすのが好きだったこともあり、2008年頃からはロードバイクにはまり乗鞍や美ヶ原のヒルクライムのレースに参加していた。週末は奥多摩の山道を友人競争しながら駆け上がっていた。ほかにも「ブルベ」というロングライドイベントに参加して、400kmや600kmという長距離を各地の風景を眺めながら完走を目指していた。自分の脚だけで遥か遠くに見える山や見たことのない景色との出会うことができるのがロードバイクの魅力だ。しかし、楽しく遊びで始めていた自転車だったが伸び代が徐々に少なくなるなかで更なるタイム短縮の欲求に囚われてしまい、いつしか義務感のようなものに変わっていることに気がつき、距離を置こうと思いフェードアウト。
そんなタイミングで始めた登山だったが、美しい景観や達成感に「これは楽しい!」と直感で感じた。自分の脚で、自分のペースでいろんな景色と出会えることは先のロードバイクと通じるところがあった。「登山は子どもの頃に親に燕岳へ連れて行ってもらったのがはじまりで、中学の学校登山も楽しかったことを覚えています。」と振り返る。近くの高尾山や奥多摩へ登りに行くようになり、妻とも同じ景色のなか散策する時間ができた。
一方で、朝出社してから事務所内で勤務して退社する頃には夜を迎える日々。景色を見ることは、外の喫煙所から夕焼けに染まる富士山を遠くに眺める一時ぐらいで寂しく感じた。私の世代は70歳定年と言われるが、それまで今の時間の使い方を自分はしたいのだろうか。当時の仕事をやり尽くしたと感じていた矢満田さんは、ひとまず会社を辞めて自分の時間を確保した。
「山登りでよく訪れていた高尾山や奥多摩の登山道整備をしている都レンジャーがボランティア募集してことを知り応募しました。正規職員だけでは広大なエリアを維持管理しきれないためです。そこでは登山道の巡視をしながら大雨で道崩れしないよう水切り工したり、汚れた看板や道標をきれいに清掃したり、オーバーユースや自然災害で荒れてしまった道を修繕したり…。これまでの『登山道を使う』側から『登山道を守る』側の経験をしたことをきっかけに、もっと山と関わりたい思うようになりました。」
その後、奥多摩湖周辺の水源林の維持管理や昭和記念公園の維持管理のボランティアにも携わり、本職の先輩方から学んで経験の幅を広げていった。そして北アルプス白馬岳でグリーンロープ保守のアルバイトをしたときに感じた「山で働くのって楽しい!!」という気持ちが、今の自分に一番大きく影響している。
奥多摩で動物調査用カメラを設置する様子
白馬岳でグリーンロープ保守に取り組んだ
そんな活動を続ける中、たまたま長野県の情報サイトで見つけた山岳観光の振興をミッションとする駒ヶ根市地域おこし協力隊募集の案内。山に関わることを仕事にしたいと思ってたタイミングだったので、すぐにペンを取り応募用紙に想いをしたため、翌日には駒ヶ根へ。担当者の話を聞く中でこれなら自分がお手伝いできることがありそうだと応募した。
「何かを決断する際、色んなことを頭で練っていると心配性な自分が意見したり、損得感情が入ってきて大切なものを見失ってしまうこともあります。それまでに見聞きしたことや教えてもらったことが実際に行動する中で腑に落ちる瞬間があり、その感覚を指針に選択をしています。ひととき静かな場所に身を置いて、純粋に楽しかったとか心がホカホカしたとか、そうした感情を大切にしたいなと思っています。」
その日のうちに空き家物件を探しに行ったという行動力からも、自分の感性を大切に生きている矢満田さんらしさを感じた。
2021年5月に着任後、実際にどんな仕事をしてきたのか。
「基本的には会計年度職員の立場で市役所の業務支援を駒ヶ根観光案内所で行います。グリーンシーズン(6月後半~10月初旬)は山に関わることに時間を多く割いています。大きな仕事でいうと任期1年目のときは檜尾避難小屋を山小屋へ改修する工事、2年目の去年は完成した檜尾小屋の営業開始に向けた準備に携わりました。また、中央アルプスでも南信森林管理署が高山植物保護のためグリーンロープを保守しており、お邪魔して一緒になって活動しました。中央アルプス遭対協との繋がりでは安全登山のための活動を行い、昨年は中央アルプスライチョウ復活事業に携わるなかで環境省をはじめ多くの関係者と繋がることができました。」
「地域おこし協力隊」は公的な立ち位置のため信用があり、行政の方が色んな人とのコネクションの機会を作ってくれるのでとても有難いと語る。
当時の地域おこし協力隊の応募用紙には「登山客の安全確保への取り組み、植生保護やライチョウ野生繁殖活動、登山客誘致への情報発信…」など、まさにこれまで矢満田さんが取り組んできたことが書かれており、ミッションを地道にこなす誠実な姿が印象的だった。
また最近は登山道整備活動が登山客に人気があり、もう少しプロの方とも関わりながら経験を積んで、登山客参加型のイベントを企画してみたいとのこと。ほかにも長野伊那谷観光局を中心に進めている自転車ガイドツアーの発展に関わっている。
「登山や自然が好きでこれまで活動してきた登山道整備や高山植物保護の経験。友人とロードバイクでツーリングした経験。これまでの時間がひとつひとつ種となって、行政の方が結んでくれたご縁を通じて結び付きました。」
協力隊の任期が終わった後はどこかに企業勤めするつもりはなく、このフィールドで広く活動していきたいと考えている。「そのためにも協力隊の3年間は関係者と会う時間を大切にしてコネクションを作り、まずは自分のことを知ってもらうことで今後も長くお付き合いしていける関係を築ければと思っています。」
平日は協力隊として活動する矢満田さんだが、いずれは週末のオフに家のDIYや家庭菜園をしてみたいそうだ。「野菜も雨水と水道水では育ち方が違うように、自然は自然のサイクルの中でまわっていくのが一番ですね。」
そんな矢満田さん自身も山と共存し心を通わせ、自然の中で循環してゆく暮らしを満喫しているように感じる。
「駒ヶ根は山がとても近く、自宅の窓を開けると中央アルプスがみえます。朝起きて『今日は予報通り雲がないね。よし山にいこう!』、そんなことができる贅沢な環境です。」
中央アルプスだけではなく、南アルプス、八ヶ岳、上高地、乗鞍、名だたる山々へのアクセスが抜群、何より下道でいけるというロケーションの強みがある。移住前と比べると商業施設は少なく、伊那や松本まで買い物へ出かけることもあるが、日常生活を送る分には苦労はしないそうだ。
取材の中で語る「自分の幹」という言葉。
「退職前のことですが、今この瞬間、いろんな可能性の中から時間の使い方は自分で選択している、ということに気が付きました。結果的に退職を選び協力隊となりましたが、これからも自分の感性の幹に沿っていきたいと思っています。」
丁寧に語るその言葉の一つ一つからも積み重ねを感じる。
最後に移住についてお話を伺った。
「私は協力隊のご縁で移住して、大好きな山に関わることを仕事にしています。移住した先でどう暮らしていきたいのか、何をしたいのか。一大決心かもしれないけれど、自分の幹を信じて行動すれば、引っ越した瞬間から今までと違った人生が始まり、きっと移住も楽しめるし、先のことはあまり心配しないで何とかなると思っています。」
「流れに身を任せてみたらいまにたどり着いた。自動運転みたいな感じですね(笑)」
矢満田さんと一緒にいるだけで自然と肩の力が抜けてなんだか清々しい気持ちになる。
熱量の趣くまま、好きなことを仕事にして生きてゆく。進んだ先にどんな世界が広がっているのか、このワクワク感は山登りと同じなのかもしれない。
矢満田務 Tsutomu Yamanta
長野県松本市出身。前職のエンジニアから一転、大好きな山にまつわる様々な活動を経て、現在は駒ヶ根市の地域おこし協力隊として山岳観光の振興に取り組んでいる。趣味は登山、カメラ、ロードバイクなど。